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2017年3月24日金曜日

積み重ねることの大切さ

楽器を習い始めて、最近つくづく思うこと。
それが「積み重ねることの大切さ」。

もうなかなか上達しないのです、これが…(T_T)
まさに、♪3歩進んで2歩下がる~♪ってな感じで。

でもよく考えてみると、これって仕事とか、スポーツとか、人生とか…全てのことに当てはまるなぁと思います。

という訳で、最近しみじみと読んだブログの記事です(^_^)/

*  *  *  *  *
~輝ける人、輝けない人~ 
多くの人が「自分にはそんなに才能もないし、大したことがない人間だ」と思っています。
ですが、才能は誰にでも与えられているのです。
それを発掘するのは、自分の仕事。
「自分に才能が無い」と思うなら、自分の才能を発掘することを怠っている証拠です。 
そして、やっかいなことに才能は発掘して見つけただけじゃ役に立ちません。
発掘した段階では「原石」なのです。そこから磨かねば、どんな才能だって光り輝くことはありません。 
世の中のたいていの人が「自分には才能もないし、たいしたこともできない」と思っているのは、自分がどんな才能に恵まれているかおぼろげにわかっていたとしたって、その才能を磨かず、輝かせることをせず放置しているからです。 
才能を磨くには、時間の積み重ね、非常に地味な繰り返しを行うことが求められます。
天才と言われる素晴らしい才能の持ち主が、影でどれだけ地味で膨大な努力の積み重ねを行っているかを、私たちはしばしばインタビューや書籍で知ることができます。 
地味で時には無意味と思ってしまうほどの、結果がすぐに出ないような暗いトンネルをくぐり抜けてこそ、才能は輝くのです。 
日常の、いかに地味な積み重ねを、大切にするかしないか。それがどれほどの価値があるかを、自覚するかしないか。
輝ける人と、輝けない人の差は、そこです。
さらに言及しますと、幸せになれる人と、幸せになれない人の差も、そこにあります。 


~地道な積み重ねこそが、実を結ぶ~ 
今私たちが生きている日本では、大抵の人がものすごく長い時間を生きます。
だから、積み重ねによって、才能を磨くチャンスがほとんどの人にあるのです。
乳幼児死亡率の高い環境では、こうは行きません。「10年後には」なんて、考えられない現実があるからです。 
長い時間を与えられているのは、積み重ねができるということ。
「時間を積み重ねなくてはできないことを、その中でしなさい」という課題を持っているとも、言い換えられます。 
継続は力なり。
もちろん続けても意味が無いと思うことは、スッパリやめるのも大切です。
でも、投げ出してばかりいても、一つもものにはなりません。 
意味があるかどうかは分からなくても(日常の地味な積み重ねの段階では、大抵意味など見出せません)続けてみれば、ある日それがダイヤモンドであったことに気づくでしょう。 
「継続するにはあまりにストレスがかかって、生命の存続が危ぶまれる」なんてものはやめたほうがいいですが、そうではないものは、続けてみると意外な輝きを放ち始めるかもしれませんよ。
リンデンバウム「読むヒーリング スピリチュアルブログ」より

2014年3月3日月曜日

追い風

。。。「第2回~向かい風」のつづき。。。

闘う君に追い風が吹くように  

馬場俊英からの手紙  「最終回~追い風

友よ、誰かと比べて落ち込んで、
足りない物を数えていったい何になるだろう?
ほんとうに大切なものって少しでいいんだ。
いらないものに気づきながら、ゆっくりと近づいて行こう。
そうやって大切なものに心が辿り着いたとき、
きっと新しい風が吹いてくる。

友よ、そこから見えますか?
誰かの涙が、君をわかりたいと思っている。
誰かの笑顔が、一瞬で君を許してしまう。
どこにも行かなくていいんだよ。
今日を生きていく理由は君のすぐそばにある。
君の代わりなんて誰にもできないんだ。

心に張った君の帆が、今、静かに揺れている。
君が見つけた、君だけの小さな風を、
君の帆が捕らえようとしているんだ。

友よ、生きてみよう。
精一杯に暮らしてみようよ。
どんな未来や運命が、
これからの君を待ち受けるのかわからないけれど、
君が納得出来るような瞬間が、
君に訪れることを祈っています。

朝の空気を吸い込んで、
心に張った君の帆がゆっくりと膨らんでいく。
誰も知らない君の頑張りが、日差しを受けて輝いているんだ。
(2008.10.22 朝日新聞朝刊)

(画像: http://natalie.mu/music/gallery/show/news_id/15214/image_id/3960)

☆こちらからも読めます(第一章~「無風」/第二章~「向かい風」/最終回~「追い風」) 
  →http://www.babatoshihide.com/newsong/

向かい風

「スタートライン~新しい風」という歌で一躍有名になったシンガーソングライターの馬場俊英さん。
(このブログ初回でも取り上げました♪  http://cocorotree.blogspot.jp/2012/04/blog-post.html

その馬場さんが書いた詩(手紙)ですφ(.. )
6年近く前、新しいシングルがリリースされた時に新聞広告に載ったものですが、今でもその切り抜きは保存版で時々読み返しています。

*  *  *  *  *
闘う君に追い風が吹くように  

馬場俊英からの手紙  「第2回~向かい風

友よ、順風を背に受けて走った時代がかつて君にあった。
君の帆は風を捕らえ、君のヨットは水面を切り拓いて走った。
時代の空気を胸いっぱいに吸い込み、ほんの小さな風さえも逃さずに、君は力を発揮したんだ。

友よ、あれからどれくらい経っただろう?
いつしか風向きは変わった。
進んでも進んでも、進んだ分だけ押し戻されて、そして流されて行く。
マストに帆を張れば張るほど、君はどんどん離れて行ったんだ。
君はもがき、焦り、苦しみ、迷い、悩んで、そして傷ついた。
今思えば、一度、帆を降ろすべきだったのかも知れない。

友よ、動きたくても動けないときがあるよね。
動かそうとしても動かない、それがまた人生なんだ。

逆風。

向かい風の日々。

自分の力だけではどうにもできないことがあり、
どうにもならないことがあるみたいだ。
君の、ついに報われることのなかった汗のことや、
どこにも辿り着かなかった頑張りを思うと、
言いようのない想いが胸に込み上げます。

悔しかったこと。
苦しかったこと。
やりきれない想いを、君はどこに流して来ただろう。

歳を重ね、暮らしはどんどん窮屈になっていく。
終わりもせず、はじまりもせず、毎日は続く。

友よ、そこから何が見えますか?

風の中に立つ君のことを、今日は想っています。
(2008.10.11 朝日新聞朝刊)

(画像: http://yoshikahorita.com/record/%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E4%BF%8A%E8%8B%B1.html)

。。。「最終回~追い風」につづく。。。

☆こちらからも読めます(第一章~「無風」/第二章~「向かい風」/最終回~「追い風」)   
  →http://www.babatoshihide.com/newsong/ 

2013年9月17日火曜日

“1冊の本が世界を変える”

またまた新聞記事ですが、、、
同じ一人の女性として、また図書館員として、マララさんの言葉はどうしても見逃せません( ..)φメモメモ

*  *   *  *  *
【マララさん、英の図書館で演説】

~2013.9.4(水)  朝日新聞(夕刊)~

パキスタンで昨秋、女子教育の権利を訴えて武装勢力に頭を撃たれたマララ・ユスフザイさん(16)が3日、居住する英中部バーミンガム市で「世界を平和にするのは教育だ」と演説。
内戦が続くシリアの和平のために「大きな声をあげよう」と呼びかけた。

公立図書館の開館式に出席したマララさんは、銃撃テロに遭った自身の境遇に触れ、「ペンと本がテロを打ち負かす武器だ」と強調。
「読書と知識と教育が、世界平和を創出する唯一の方法だと心から信じている」と語りかけた。

また、貧困や児童労働が原因で学校に行けない子どもが世界には大勢いるとして、「彼らが本を読み、学校に行けるように声をあげ、行動しよう」と指摘。

「1冊の本、1本のペン、1人の子ども、1人の先生でさえ、世界を変えられることを忘れてはいけない」と訴えた。

マララさんは昨年10月、反政府武装勢力パキスタン・タリバーン運動(TTP)に銃撃された後、搬送先のバーミンガムの病院で手術を受け、奇跡的に回復。同市の女子校に通っている。

*  *   *  *  *

驚異的な精神力を秘め持つマララさん。
今は元気に学校にも通っているようで良かったです(^^♪

16才とは思えない勇気と発言に、私たち大人も見習わなくては!といつも考えさせられます。

学校に行けること、本が読めることが当たり前になっている日本。
もっと世界に目を向けていかないといけませんね(^o^)丿

2013年9月3日火曜日

マオリ族の「マナ」♡

ニュージーランドの先住民、マオリ族が大切にしてきたある「価値観」とは・・・

*  *  *  *  *  
先住民の「マナ」の教え ~物差しは徳や品格の高さ~

アーティストプロデューサー 四角(よすみ) 大輔
(プロフィール:http://www.lakeedgenomad.com/profile.html
ニュージーランドに西洋人が貨幣制度を持ち込む以前、先住民のマオリ族の間で流通していたのは、「おカネ」ではなく、ある「価値観」だった。

それは「マナ(Mana)」と呼ばれ、英語には該当する言葉がない。
森に立つ我が家の隣人で、マオリ族の末裔(まつえい)という方が、そう教えてくれた。

人は最大級のマナを持って生まれ、不徳や罪を犯せばマナを失うが、善行により「与える」ことで、マナは高まる。

ぼくは、人は誰かから感謝されるたびにマナを受けとっているのだ、と解釈している。
マオリ族は、カネやモノのためでなく、マナを高めるために生きてきたという。

翻って日本。アベノミクスによる経済効果が追い風となり、参議院は自民党が圧勝した。
世界に目を転じれば、ほとんどの先進国で金融緩和が行われる一方で、大量生産・大量消費の国アメリカの象徴でもある、クルマ産業の街、デトロイト市が財政破綻した。

規律や品性をかなぐり捨てて、貨幣の流通量を増やし続ければ、いずれ崩壊するのは歴史が証明している。
永遠の経済成長を求めても、有限の地球が耐えられないことは明白だ。
でもいまだに多くの人が「経済成長=善」という破壊的な仕組みを盲信し、必要以上のカネを奪い合っている。

人類の向かうべき持続可能な社会への方向転換や価値観のリセットは、いまや急務だ。
そのヒントが「マナの思想」にあると思う。 
マナを日本語にすると「徳」「品格」に近い。
こうした、本来誰もが大切にしてきたはずの気高さ、人類の根底に流れる本質的な美意識こそが、これからの人類のめざすべき方向になるはずだとぼくは信じている。
 (2013.8.3  朝日新聞  be  「ねらえ!トレンド」)  

 *  *  *  *  *  
去年のクリスマス・イヴのこと☆
体調を崩して寝ていたら、「この世の通貨が“お金”でなく“愛”に変わる!」 という夢を見ました♡

きっとこれは何千年後かにやって来る未来の姿? 予知夢…?! と思って喜んでいたのですが、このコラムを読んでびっくり!
もしかしたら前世の記憶?! だったのかもしれません(#^.^#)

でもよくよく考えてみたら、これは太古の昔から現在、そして遠い未来まで本当は脈々と続く真理なのでは…? と思いました。

つまり、たとえ現代の通貨が「おカネ」であっても、買いたいモノの中に「マナ」を感じるからこそ、私たちは「おカネ」を払っているのではないでしょうか。

だから商品にしてもサービスにしても、売り手が買い手を想い「マナ」を込めれば消費者は自然に集まってくる。
「おカネ」は後からついてくるもののような気がします。

今の時代は「光と影」、「善と悪」のように、「マナとおカネ」もどちらか一方だけではダメ…というような表裏一体なものなのかもしれません。

けれど、このコラムの著者、四角(よすみ)さんがおっしゃるように、これからはまた目に見えないものが重んじられる時代に戻っていくのでは…(単なる摩訶不思議なものという意味ではなく、生活の一部として)と思っています。

去年出たマッキー(槇原敬之さん)の歌、「四つ葉のクローバー」もそんな歌(^^♪
(ヨーロッパの先住民、ケルトの音楽を取り入れて作られた…という経緯もとっても興味深し!)

槇原敬之 【四つ葉のクローバー】 (short ver.) 
~ YouTube ~
http://www.youtube.com/watch?v=ux7FfsbryAg

2013年1月7日月曜日

持ってみる (^^♪

あけましておめでとうございます。
あっという間に2013年ももう7日が過ぎてしまいました(^_^;)  早いですね…

新年といえば、New Year's resolutions…新年の誓い☆
作家の角田光代(かくたみつよ)さんが新年の「抱負」について書いた興味深い記事があったので、ここにご紹介したいと思います。

* * * * * * *
もう二十年以上、毎年毎年、元旦には抱負を書いている。大げさなことではなく、ただの紙に筆ペンで書きつけるのである。

二十年以上続けてわかったことがある。抱負は、その年内にはめったに実現しないが、何年かのちに、かなりの確率でその通りになる、ということ。
たんなる希望的観測みたいだけれど、よく考えれば、それは至極当然のことである。
抱負は、神仏にお願いするのではなく、自分自身に発破をかけるもの。
「ばりばり仕事をする」という抱負にすれば、その人の意識はぐっと仕事に傾く。
仕事が増えても苦にならないはずだ。
その年内にさほど変化はないだろうけれど、意識が変われば二年後、三年後、おのずと状況は変わってくる。

二十代のとき、出す本出す本みな売れず、重版がかかるっていったいどんな気持ちなのだろう、私にもその言葉を聞く日がくるだろうか、と思いつつ、元旦に「重版する」と抱負を書いた。
ちょっと無謀な抱負だったかもという不安もあった。
だって、私がどうこうして重版が決まるのではない、多くの人が読んでくれて、重版となる。
自分の決意や意思でどうにもできるものではない。

ところが、かなったのである。
それから七年後、はじめて自分の本が重版した。
私は七年前に書きつけた筆ペンの文字を思い出した。
これも嘘みたいに思う人もいるだろうけれど、今思えば、不思議な現象でもない。
「多くの人に読まれるような小説を書きたい」と願って書くものと、「少なくていいからわかってくれる人だけに読んでほしい」と思って書く小説とは、おのずと変わってくる。どちらも、その願いや思いを反映されたものになる。
もちろん、本の売れ行きには運も関係するけれど、七年間、私は自分の書くものについてずっと思い悩み、試行錯誤を続けていた。
だからはじめての重版が運のみだとは思わず、あの抱負を思い出したのである。 … 

~FANCL 「ESPOIR」 Vol.118, 2013年1月号, 角田光代 連載エッセイ 
“恋する”時間  第十回テーマ「抱負と恋愛」より~
* * * * * * *

私は日頃から計画を立てるのが苦手なので、新年の抱負にしても角田さんのように書いてみたことなど一度もないのですが、、、(^_^;)
今年は「少なくていいから…」ではなく「多くの人に…」と願いながら文章を書く!
まずはこのブログから始めてみようかと、今思い立った次第ですφ(.  .)

そして、抱負も大事だけれど、やはり「思い悩み、試行錯誤を続ける」時間も同じくらい大切なのですね。
無駄に時間を送っているように思えて実はその苦労と努力の時間こそ、将来花を咲かせるための貴重な肥料となる✿

ちなみに、「抱負」の「負」は「負ける」という意味でなく、「負う=持つ」という意味だそうです。
だから「抱負」は「抱え持つ」ということ。

まずは何でもいいから心に「持ってみる」のがいいのかもしれませんね(^_-)-☆
本年もよろしくお願いいたします(^_^)/

2012年10月10日水曜日

美輪さんの言葉 ♡

先日読んだ新聞の人生相談コーナーより…
20代後半の女性から「ある皮膚の病気で死を考えます。…どうしたらよいですか?」との質問でした。
それに対する美輪明宏さんの回答がとても良かったので、ご紹介したいと思います。


~ 回答者 美輪明宏さん(歌手・俳優)

病気のことは私は医師ではありませんし、知識もありませんので相談には応じかねますが、精神的に発想の転換を図りたいとのことであれば、微力ながらお手伝いさせて頂きたいと思います。

街中を行き交う群衆、普通にさりげなく見える人々が実は悩んでいて、苦しみ痛みを大なり小なり持っていない人は誰一人としていないのです。その差は表からは見えません。

私も77年間のこれまでの人生で、長崎での被曝体験をはじめ、さまざまな怪我、大病を患い、耐え、克服してきました。1950年代に芸能人としてデビューした当時は、日本中から、化け物、変態、国賊と罵詈荘厳(ばりぞうごん)浴びせられました。

そのころ、ボランティアで重度身体障害者の施設に行ったのです。
目も耳も口も手足も不自由な子どもたち、その子たちが一斉に心の声で私を叱りました。

「あなたの悩み? そんなものは悩みのうちには入らない。私たちは自力でトイレにさえ行けない。家族をはじめ、愛する人たちに自分の声で愛を伝えることさえ一生できない。その顔を見ることも、その声を聞くこともできない。このつらさがわかりますか? それに比べ、それらが全部できる貴方たちはなんて幸せなの!!」

私は背筋が伸びました。
「世間の人々は皆幸せそうに見え、何故自分だけがこんな不幸なつらい目にばかり遭うのか…」と錯覚していたのです。

彼らこそ、どん底に耐え、なお立派な精神を保つための修行をするために、また私たちを戒めるために送られた菩薩(ぼさつ)たちだったのです。

世や人を恨み、嘆き、悲しみばかりのマイナスの波動を出し続けている人はマイナスの事物事象を呼び込むのです。逆に無理をしてでもプラスの想念を保ち、発し続けるとプラスの現象が集まってくるのです。これが「天は自ら助くる者を助く」という意味です。

決して諦めなければ、必ずいつか朗報がもたらされるものなのです。

心が好転しにくい場合には、例えば聖歌を唱(うた)ったり、お経などを唱えたり、優しく美しい昔の抒情歌や唱歌を唱ったり聴いたりすると安らかになることがよくあります。
救いはあなたの考える文化の力にこそあると思います。

ただし、占いや霊能者、宗教に振り回されてはいけません。用心しましょう。

~2012.9.1(土)朝日新聞朝刊 be「悩みのるつぼ」~

   
   ☆おまけ
 
蓮の花の値打ちは、泥の中で育っても、汚れず染まらず、美しい花を咲かせ、保ち続けること。悩みや苦しみは、自分を鍛えるチャンスです。
~美輪明宏 『花言葉』 (2010, PARCO出版)~

美輪さんの言葉はどんな宝石よりもキラキラと輝いているように思います✧
あたたかな愛を感じますよね。
私“なん”の、そして「the giving tree」のお師匠さんです(*^_^*)

2012年6月22日金曜日

君が笑えば・・・

大原健士郎さん(1930-2010)という精神科医の先生が、初めてご自身の著書を出版された時、本の扉の裏にこんな言葉を印刷したそうです。
君が笑えば みんなが笑う
これはイギリスの女性作家、ヴァージニア・ウルフ(1882-1941)の言葉だそうで、大原先生は生前、よくこの言葉を色紙や本に書いてあげては周囲に喜ばれていたとのこと。 
(2004.2.29 日経新聞「ちょっと気ままに」 大原健士郎)

「めぐりあう時間たち」パンフより
二コール・キッドマン演じるウルフ
ウルフといえば、“意識の流れ”(…人間の心の中に絶え間なく移ろう意識をそのまま語っていく…)という小説技法で知られていますが、文学好きの私でもまだちゃんと読んだことはありません…(^_^;)

繊細ゆえに最後には精神を病んで入水自殺をしてしまいます。
そんなウルフがこんな素敵な言葉を残していたなんて!

今回、このブログを書くにあたって色々調べてみたのですが、ウルフのどの本にこの言葉が載っているのか、まったくヒットしませんでした。
(もしご存知の方がいらっしゃったら教えて下さいね)

さらに、大原先生はこう言います。
人間は誰しも怒りたいとき、泣きたいときがある。
わめいたりすれば悩みが解決するんだったら、大いに泣きわめくことも結構だと思う。
しかし、多くの場合、解決にはならない。 
…笑っていても泣いていても状況が変わらないとすれば笑っていた方が得である。
なぜなら相手を幸せにできるからである。 
「君が笑えばみんなが笑う」ことを知れば、周囲の人たちにとって自分が、いかに重要な存在であるかが自覚できるはずである。
そしてその人たちのためにも努力して笑うべきである。
そういえば、大原先生が「君が笑えば みんなが笑う」という言葉を載せた本のタイトルは、『日本の自殺-孤独と不安の解明』 (誠信書房、1965年)。
自殺研究の第一人者だった大原先生は、ウルフの気持ちを痛いほど理解されていたのかもしれません。

そして、人はどうやって死んだかではなく、どんなことを感じて生きたかり大切なのかもしれないと思いました。

ウルフの『ダロウェイ夫人』(1925)にはこんな夫人の言葉があります。
一日の終わりには次の一日が続いてゆく。水曜、木曜、金曜……
朝になって目が覚め、空を見、公園を歩き……それからあのバラの花……
どれほど私がこういったもののいっさいを愛しているか……
どんなに一瞬一瞬を愛しているか……
私も笑顔でこれからの一瞬一瞬を生きていきたい! 
そう思いました。

(※日経新聞「ちょっと気ままに」 の上記コラム「君が笑えばみんなが笑う」はこちら(↓)本にも掲載されてます)

☆大原健士郎  『こころの休憩室―老精神科医のほっとするアドバイス亜紀書房、2004年)